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インボイス制度による簡易課税制度への影響をわかりやすく解説
小規模事業者や個人事業主が、インボイスに登録した場合の事務負担の軽減を目的とした「簡易課税制度」をご存知でしょうか。インボイス制度の概要とともに、簡易課税制度の内容や選択する際の注意点について詳しく解説します。
インボイス制度とは?
まずはインボイス制度の内容と制度導入によるさまざまな影響について見てみましょう。
インボイス制度の概要
インボイス制度には「2019年10月1日に導入された軽減税率制度」が深く関わっています。軽減税率制度によって、8%と10%の税率が請求書内で混在する状況となりました。その複数税率の取引状況でも正確な消費税額を算出することなどを目的に、インボイス制度が段階的に導入されました。
インボイス制度の正式名称は「適格請求書等保存方式」で、インボイスとは適格請求書を指します。インボイスには従来の請求書内容に加えて明記すべき項目が増え、売り手が買い手に対して税に関する正確な情報を伝えるために使用されます。明記が必要な情報は以下のとおりです。
従来の請求書内容 ・請求書発行者の氏名 ・取引年月日 ・取引内容 ・取引金額 ・請求書の交付を受ける者の氏名 適格請求書等保存方式で必須の項目 ・インボイス発行者の氏名および登録番号 ・軽減税率対象の品目 ・適用税率 ・税率ごとの消費税額 ・税率ごとに区分した取引金額(税込または税抜) |
上記必要事項が表記されている場合は、請求書や領収書、レシート、納品書と書類の名称
は問われません。適格請求書を使用することで税率の異なるもの(8%・10%)でも、それぞれの消費税が明確化され納税額を正しく算出できるメリットがあります。
インボイス制度によって何が変わる?
インボイス制度の導入後は仕入税額控除の手続きの際、必要事項が明記されたインボイスが必要となります。つまり、従来使っていた請求書では仕入税額控除を受けられなくなるため注意が必要です。
また、インボイスを発行するにはインボイス発行事業者への登録が必要です。インボイス発行事業者への登録は基本的には課税事業者が対象となります。
売上が1,000万円以下の免税事業者の場合は「消費税課税事業者選択届出書」を提出することで課税事業者への登録が可能です。
ただし、2023年10月1日から2029年9月30日までの間に免税事業者がインボイス発行事業者に登録する際は「インボイス発行事業者の登録申請書」を提出することで課税事業者として扱われるようになります。この期間を過ぎると通常の「消費税課税事業者選択届出書」の提出が必要です。
インボイス制度導入後は売り手側に以下のような義務が発生します。
・買い手が要求した際のインボイス発行 ・発行したインボイスの写しを保管 |
例えば、売り手は取引先の要望に応じてインボイスを発行しなければならず、その保管にも手間がかかります。一方、買い手側も受領したインボイスを税務署の要請に備えて保管しなければなりません。
また、インボイスに対応するために、システムの改修や業務フローの見直しが必要となる場合があります。特に中小企業にとっては、コスト増加の要因となる可能性があるでしょう。
簡易課税とは?免税事業者が簡易課税制度の適用を受けるメリット
小規模事業者や個人事業主の事務負担軽減を目的とした「簡易課税制度」というものがあります。制度内容や適用後のメリットについて解説します。
簡易課税制度が導入できる事業者
簡易課税制度は前々事業年度(個人事業主は前々年)の課税売上高が5,000万円以下の小規模事業者・個人事業主が対象です。
簡易課税制度を適用するには「消費税簡易課税制度選択届出書」を事前に税務署へ提出する必要があります。この届出は原則として適用を開始したい課税期間の開始前日までに提出しなければなりません。
届出書は、管轄の税務署へ郵送または電子申告(e-Tax)で提出が可能です。なお、一度適用を開始すると、2年間は簡易課税制度を継続して適用する義務があります。適用をやめる場合は「消費税簡易課税制度選択不適用届出書」を提出しましょう。
簡易課税制度の特徴と導入のメリット
簡易課税制度は、小規模事業者や個人事業主の納税に関する事務負担を軽減するために導入された制度です。簡易課税制度では、仕入税額控除の計算の際に一般課税と計算方法が異なり、事務作業の手間やコストの削減が可能です。
また、簡易課税制度では、みなし仕入率を用いることで仕入税額控除を計算します。特に実際の仕入率が業種の平均値(みなし仕入率)より低い場合、控除額が大きくなり、結果的に納税額を減らせることがあります。
例えば、サービス業(みなし仕入率50%)を営む事業者の場合、実際の仕入率が30%程度であれば、簡易課税制度の方が控除額が大きくなり、結果的に納税額を抑えられる可能性があるでしょう。一方、仕入率がみなし仕入率を上回る場合は逆効果になることもあります。簡易課税制度と一般課税の税額の違いは、次項で詳しく解説します。
さらに簡易課税制度を利用すると、仕入税額控除に関する詳細な仕入帳簿の作成が不要となり、会計ソフトや記帳作業の負担の軽減が可能です。これにより、小規模事業者や個人事業主が納税準備にかかる時間やコストを削減できるのが大きな利点です。
簡易課税制度と一般課税の違い
一般課税とは違い、簡易課税制度ではみなし仕入率を用いて計算します。
簡易課税制度の計算式 消費税の納付額=預かった消費税額-(預かった消費税額×みなし仕入率) 一般課税の計算式 消費税の納付額=課税売上に係る消費税額-課税仕入れ等に係る消費税額 |
みなし仕入れ率とは売上に対する仕入率が業種ごとに「このくらいかかるだろう」とあらかじめ想定された上で決められた控除割合です。実際の仕入税額をそれぞれ正確に計算し、売上税額との差額で納税額を算出する一般課税とは違い、簡易課税制度では売上税額にみなし仕入率をかけることで仕入税額を計算し、納税額を算出します。
複数の事業を行っている場合は業種ごとにみなし仕入れ率が違うため、それぞれの業種ごとに計算します。みなし仕入率を用いることにより仕入に係る消費税の管理が不要となり、計算が簡略化され事務作業の手間やコストの削減が可能です。
みなし仕入率は、国税庁が業種ごとに設定した、仕入にかかる税率の標準値を指します。主な業種ごとのみなし仕入率は以下のとおりです(2024年11月時点)。
・第一種事業(卸売業): 90%
・第二種事業(小売業など): 80%
・第三種事業(製造業・建設業など): 70%
・第四種事業(飲食業など): 60%
・第五種事業(サービス業など): 50%
・第六種事業(不動産業): 40%
実際の仕入税額を反映しないため、製造業のように仕入率が高い事業で適用すると控除不足になる恐れがある点に注意が必要です。
インボイス制度導入による簡易課税制度への影響は?
インボイス制度の導入は、主に一般課税を適用している事業者における仕入税額控除の手続きに影響を与えます。簡易課税制度を選択している事業者にとって、インボイス制度そのものが直接的に課税計算方法を変更することはなく、簡易課税制度の計算式や仕組みへの影響は特にないとされています。
しかし、インボイス制度の導入に伴い、以下のような間接的な影響が考えられます。
1. 事務負担の増加
インボイス制度では、適格請求書(インボイス)の発行および保存が求められます。簡易課税制度を選択している場合も、買い手から適格請求書の発行を求められるケースがあるため、事務作業が増えかねません。具体的には以下のような負担が挙げられます。
・適格請求書の発行・管理のための業務フローの変更
・発行したインボイスの保存義務に伴う書類管理のコスト増加
2. 経理作業の複雑化
簡易課税制度では、仕入税額控除をみなし仕入率に基づいて計算するため、実際の仕入額に基づく適格請求書の保存義務はありません。しかし、取引先との関係上、インボイスの発行を求められる場合があり、経理システムの変更や帳簿管理が必要になることがあります。これにより、経理業務全体の複雑化が懸念されるでしょう。
簡易課税制度の適用の手続きと流れ
提出書類 「消費税簡易課税制度選択届出書」に必要事項を記入し提出します。 申請用紙は国税庁のホームページからダウンロードできます。 国税庁ホームページ 提出期間 適用を受けたい期間の開始日前日までに提出します。 新規事業の初年度等の場合は、適用を受けたい期間の年度途中の提出でも適用を受けられるという特例があります。 また、免税事業者がインボイス制度の経過措置期間(2023年10月1日~2029年9月30日)に インボイス発行事業者登録を行い、課税事業者となった場合も同様に、年度途中の提出で適用が受けられます。 提出の際は消費税簡易課税制度選択届出書に、その年度から適用を受けたい旨を記載する必要があります。 提出方法 提出方法は税務署窓口へ持参、郵送、またはe-Tax(国税電子申告・納税システム)を利用、の3つがあります。 提出場所 納税する土地の所轄税務署長に提出します。 |
インボイス制度導入後の簡易課税者への注意点
インボイス制度の導入により、簡易課税制度を選択している事業者にもいくつかの注意点が生じます。適格請求書の発行義務や制度選択の継続期間など、課税事業者としての対応を十分理解しておくことが重要です。
簡易課税の場合も適格請求書を発行するなら登録が必須
簡易制度制度を選択している事業者であっても、取引先から適格請求書(インボイス)の発行を求められる場合があります。適格請求書発行事業者として金銭事業
に登録すると、消費税の納税義務が生じるため、以下のような影響を考慮する・仕入税額免除が可能になる可能性が
ある、売上に応じた消費税の納付が発生する
・インボイス発行に関する事務作業や管理業務が
特に多く、小規模事業者や個人事業主のその場合、インボイス発行事業者になることで、取引先の要望に応じるメリットと、増加する負担のバランスを慎重に検討する必要があります。
最低でも2年継続する必要がある
簡易課税制度は一度選択すると、原則として2年間は他の課税方式(一般課税など)に変更することができません。
例えば、売上や仕入れの規模が増えた場合、一般課税の方が有利になる可能性がありますが、簡易課税制度を選択していれば2年間継続しなければならない点に注意が必要です。また、みなし仕入率が高い業種の場合は、納税額が増加するリスクがあります。
消費税の還付を受けられない
一般課税では、課税売上に係る消費税よりも課税仕入れに係る消費税の方が多い場合は消費税還付の対象となります。ただし簡易課税制度の適用を受けている場合は、納税額算出の際にみなし仕入れ率を使い、計算式を簡略化しているため消費税還付を受けることはできません。
そのため、事業初年度などで設備投資が多い、または売上が少なく課税仕入れに係る消費税の方が明らかに多い場合などは、簡易課税制度の適用を受けていると還付金が受けられず、結果として税金を必要以上に多く納めることになりかねません。
業務負担が減るとは限らない
簡易課税制度は事務負担の軽減を目的としていますが、インボイス制度の導入によって、かえって業務が煩雑になるケースもあります。特に以下のような場合には注意が必要です。
1. 複数の事業を営んでいる場合
簡易課税制度では、事業ごとに異なる「みなし仕入率」を適用します。複数の事業を営んでいる場合、それぞれの事業ごとに売上を区分し、適切なみなし仕入率を用いて計算する必要があります。この作業が発生することで、業務負担が増える可能性があります。
例えば、卸売業(みなし仕入率90%)とサービス業(みなし仕入率50%)を同時に営む事業者の場合、それぞれの売上を区分して消費税額を計算しなければならず、経理業務が複雑化します。
2. インボイス発行に付随する業務が増える
適格請求書発行事業者として登録すると、インボイスの発行・保存業務が求められます。簡易課税制度を選択していても、取引先の要望に応じて適格請求書を発行する場合、次のような業務が追加されます。
・請求書や領収書の様式変更やシステム対応
・発行済みインボイスの管理・保管
・適格請求書発行のための事務フローの再構築
これらの対応が必要になると、簡易課税制度を利用しているからといって必ずしも業務負担が軽減されるとは限りません。
3. 経理業務の見直しが必要になる
簡易課税制度は仕入税額控除を簡略化するため、仕入帳簿の管理が不要とされていました。しかし、インボイス制度の導入により、適格請求書の管理や保存が求められる場合、経理システムや帳簿管理を見直す必要があります。これにより、事務作業の増加やシステム変更に伴うコスト負担が生じる場合があるでしょう。
インボイス制度で課税事業者になった場合は2割特例を受けられる
インボイス制度の導入により、免税事業者が課税事業者になるケースが増加しています。新たに課税事業者となる事業者の負担を軽減するための措置として「2割特例」が導入されました。2割特例の概要や対象事業者、各課税方式との比較、そして特例終了後の対応について解説します。
2割特例とは
2割特例とは、インボイス制度の導入を機に免税事業者から課税事業者へ移行した事業者が、一定の要件を満たす場合に適用される特例措置です。この制度では、売上にかかる消費税額(預かった消費税)の20%を納税額とすることで、事業者の負担を軽減します。
適用期間は2023年10月1日から2026年9月30日までに限られ、新たに課税事業者となる事業者が対象です。これにより、初めて課税事業者となる際の消費税計算の煩雑さや納税額の負担を抑えられる仕組みとなっています。
2割特例の対象となる事業者
2割特例が適用されるのは、以下の要件をすべて満たす事業者です。
・2023年10月1日から2026年9月30日までの間に免税事業者から課税事業者になった
・適格請求書発行事業者として登録している
・基準期間(前々年)の課税売上高が1,000万円以下
2割特例は、あくまでインボイス制度導入を契機として課税事業者に移行した場合が対象です。また、インボイスを発行するためには適格請求書発行事業者の登録が必須となるため、登録が済んでいない場合は特例を利用できません。
ただし、事前の届出は不要で、消費税の申告時に申告書に2割特例の適用を受ける旨を付記することで適用可能です。
注意点として、基準期間の課税売上高が1,000万円を超える場合や、資本金1,000万円以上の新設法人などは適用対象外です。また、課税期間を1ヵ月または3ヵ月に短縮する特例の適用を受けている事業者も対象外となります。
本則課税・簡易課税・2割特例の納税額をシミュレーション
各課税方式による納税額の違いを以下の例でシミュレーションします。
(前提条件)
・売上高:1,000万円
・仕入高:300万円(仕入税額は30万円)
・税率:10%
本則課税
消費税納付額 = 売上にかかる消費税額 − 仕入にかかる消費税額
= 100万円(1,000万円×10%) - 30万円(300万円×10%) = 70万円
簡易課税
消費税納付額 = 売上にかかる消費税額 × (1 − みなし仕入率)
= 100万円 × (1 − 0.50) = 50万円
※サービス業(みなし仕入率50%)の場合
2割特例
消費税納付額 = 売上にかかる消費税額 × 20%
= 100万円 × 0.20 = 20万円
このシミュレーションからもわかるように、2割特例によって納税額が大幅に軽減されるケースがあります。
どの方式が得かは業種によって異なる
上記のシミュレーションでは2割特例が最も有利ですが、実際には業種によって最適な課税方式が異なる点に注意が必要です。
例えば、卸売業ではみなし仕入率が90%と高く設定されているため、簡易課税制度を選択すると、納税額がさらに少なくなる可能性があります。
一方で、仕入額が少ないサービス業などでは、2割特例の方が有利になる場合が多いでしょう。事業の実態や仕入率を考慮した上で最適な方式を選択することが重要です。
2割特例が終了したあとの対応
2割特例は2026年9月30日をもって終了します。この特例期間終了後は、通常の課税方式に戻る必要があり、課税事業者として適切な制度を選択することが求められます。
2割特例終了後に簡易課税制度を利用したい場合は、簡易課税制度選択届出書を管轄の税務署に提出する必要があります。この届出は、適用を開始したい課税期間の開始前日までに行う必要があるため、余裕をもった準備が必要です。また、簡易課税制度を選択すると最低2年間は変更ができないため、事業規模や業種に応じて慎重に検討することをおすすめします。